EZBBS”撲滅”Clone Ver1.5β
「http」等の禁止ワード設定中
★「幸福の科学」撲滅対策相談室★
この掲示板は、「幸福の科学」に関する各種ご相談・質問のためのサイトです。投稿欄下のルールを守ってご利用下さい。相談を妨げる書き込み、荒らしには厳正に対処します。会員(信者)さんの書き込み、霊に関する相談等はご遠慮下さい。ただし、退会を検討中等の会員さんのご相談、書き込みは受け付けております。
最後まで残るもの
日付:2012/04/19 (Thu) 19:39:17 -名前:りんご
私はもう脱会して6年たちましたので、月刊誌や法話や本の内容はほとんど忘れ果てました。普段意識に登ってきません。で、最後まで残ったものは、何だったのか?ということになりましたが、「感動したもの」
だったのです。

1989年頃やった天御中主神霊指導の講演会と、1991年頃やったイエス霊指導による講演会。これは残りました。内容は忘れました。が、「イリコでとっただし汁」の中に、「余韻」として宝のように残りました。あと私が感動したものは、「なぜか歌」でした。ヘルメスの月夜の番の歌に感動しました。「アフロディーテにむかって月夜の番に切々と歌うヘルメスの歌」が、やはり「余韻」として残りました。あと、ヘルメスの母親のマイシャが歌う「みよー、あそこには豊な空があるー」っていう歌が残りました。
それから、「うるわしき光の国」という歌も残りました。

大川隆法の本なんてすっかり忘れてしまって、あんまり思い出さないのに、なぜか「歌だけが残った」ってなことになっています。あはは。要するに、心から感動をしたものしか、残らないようです。

頭で理屈で、「ふむふむ」といって読んだもので、感動がなかったものは、時間の
経過とともに、流れていってしまいました。

ですから、私は「心から感動すること」がとても大切なように思うようになりました。
「心から幸せで感動すること」を、ひとつでも多く見つければいいだけです。
それは、幸福の科学という組織に所属していなくても、できることです。
美しい音楽に感動する、素敵な映画に感動する。花をみて感動する。なんでも
いいんですね。

心から感動したものだけが、長い歳月を経てもなお、「余韻」のようにつきまとい、
思い出すと、幸せにしてくれるものです。

幸福の科学というと、「思い出すのが歌」になってしまった私は、えへへと苦笑いをしています。
大川隆法の仏教シリーズなんて、みじんも思い出しません。笑えますが。

人間ですから、おさえてもおさえても「怒り」が生じることがあります。そんなとき、「怒りを鎮める
修行、修行」と思ってやっても、うまくいかないことがあります。で、「美しいクラシック音楽」でも
かけて、その歌の世界に浸ると、「怒りが吹き飛ぶ」ことがあります。

何も「むずかしい理屈」が、人を幸せにするものとも、限りません。私は「讃美歌が大好き」ですが、
本当につらいとき、讃美歌を歌ったりしますと、幸せな気分となります。

宗教だけが、人を幸せするものでもありません。「芸術という美の世界」もまた、人を幸せにします。
感想を書いてみました。

Re: 思い出話に映画の話
日付:2012/04/19 (Thu) 20:00:49 -名前:りんご
思いだしついでに、書いてみます。
幸福の科学が作った映画は、永遠の法まで見ました。
で、ノストラダムス戦慄の啓示は、「なんだろな、この不思議な映画は」って感じで、感動なし。
愛は風のごとくは、まあそんなに感動はしませんでしたが、「ヘルメスの歌だけよかった」という印象。
太陽の法は、「なんだ、この感動のない映画は」ってな印象。黄金の法は4回も見たのに、ちっとも
いいと思わない。永遠の法も、感動なし。「歌だけよかったな」という印象。

で、幸福の科学が作る映画は感動しないということになって、それ以降私は映画を見ていません。
今度ファイナルジャッジメントという日本が中国の植民地になる映画を作るらしいですが、「趣味
悪いなあ」と思って気持ち悪いので、見たくありません。神秘の法という本が映画化されるみたい
ですが、私は神秘の法という本が気色悪くて、嫌いだったので、「あんな気色悪い本、一体どうやって
映画化するんだろう」って、思っています。

じゃんじゃん映画作らなくていいので、「何度みても感動するなー」っていう映画、作ったらいかが?
と思っています。幸福の科学が作る映画は感動しないです。「なんだろうなあ?」ってものばかり。
脚本が悪いんだろうと思いますね。だれが書いてるか知らないですけどね。ま、脚本家のプロが
やってるんじゃないので、仕方ないだろうとは思いますけどね。

だから、一般人が見ても、たいしていいといわないと思います。信者はチケットを大量に購入させられて、
ばらまいているのに、馬鹿らしい限りです。私は友達を黄金の法につれていきましたが、ものの見事に
途中から、ぐーぐー寝てしまいました。ずーっと寝てました。あはは。
愛は風のごとくに、友達をつれていきましたが、「大川さんは、自分の前世の物語をこういう風に
作って幸せなんでしょうけどね」といって、嫌味言われてしまいました。

そういうことで、私は今後幸福の科学の映画を見るつもりはなくなりました。




Re: 美しいものだけ言っていればいいと思う
日付:2012/04/19 (Thu) 20:55:17 -名前:りんご
人間うつくしいものだけ、見つめていればいいんだと思います。どんないじわるな人の心にも、美しい
部分はあります。そこの部分だけ、見つめていればいい。世の中にはみにくいことや理不尽なことは
沢山あります。そういう事柄を知ることは必要。でも、知ったうえで、やはり美しいものだけ見つめて
いればいいんだと思います。そうしないと、自分の心が薄汚れていきます。

勇気は美しい。謙虚さも美しい。友情も美しい。許しも美しい。優しさも美しい。改心の涙も美しい。
思いやりも美しい。真心も美しい。笑顔も美しい。忍耐も美しい。

きょうこさんが聞いた声は、「悪魔ベルゼべフの声だった」なんてみにくすぎる。仮に本当にそうで
あったとしても、そういうことを言って、きょうこさんが、いいほうにかわるんでしょうか?言われた側は
気分悪くなって、反発するだけです。マスコミは悪魔だ、教育現場は悪魔だ、なんてみにくすぎる。
確かに、マスコミは「もうけさえすれば何を書いてもいい」的なところはありますが、悪魔だ
悪魔だというと、みにくすぎる。マスコミの垂れ流す情報の中で、いい部分だけ見つめていれば
いいんです。確かに、日教組なんかの関係もありますが、本来先生は「子供たちの師」であり、
「尊敬すべき立場の人間」なんです。それを悪魔だ、悪魔だというのは、言われた側はいい気が
しません。

悪魔だ、悪霊だといって騒いでも、「悪魔や悪霊が減るわけではない」んです。ならば、美しいものだけ、
「その部分だけ」見つめていればいいんですね。
昔、職員が私に電話してきて、「虚業教団を書いた関谷さんは悪魔だから」と平然と言い放ったのに、
私は驚きました。関谷さん、幸福の科学と6年の裁判をして、勝訴してるんですね。だから、嘘では
ないんです。人を悪魔、悪魔という神経は何なんだろう?って思いました。

人を本当に改心させる「言葉」とは、「美しい光の言葉」です。
新潮社に住む悪魔、文春に住む悪魔、と騒いでも、きっと変化ありませんよ。
仮に本当に新潮社に悪魔が住んでいたとしても、文春に悪魔が住んでいたとしても、
そういって騒いでも、悪魔いなくなりません。

幸福の科学のやっていることは、「悪魔製造機」です。「あれは悪魔だ、これも悪魔だ」
で、「悪魔がいっぱい」です。こういうことを聞かされ続けると、心が薄汚れてしまいます。
天御中主神が、「どんな極悪非道の人間でも、5分のいい心をおこしたとしたら、
神はそれを決して見逃さない」と言っておられました。神は、いいところがほとんど
ない人間でも、「わずかにいい心をおこしたらちゃんと見ておられる」のです。

そういう天御中主神の、「芸術的物の見方」を、私は好きです。
新潮社に悪魔が住んでいても、新潮社いい本いっぱい出しているんです。
いい部分だって、ちゃんとあるんですね。100パーセントダメなわけじゃ
ないです。
マスコミだって、いい報道をする場合もあるんです。100パーセントダメな
わけじゃない。
幸福の科学は、私は組織は腐敗したと思っていますが、幸福の科学がかといって、100パーセント
ダメなわけでもありません。幸福の科学の「いいところ」も、ちゃんとあります。

幸福の科学は、悪魔だ、悪魔だと言いたがるのは、本当は悪魔が好きなんじゃないかと私は思ってしまいますね。悪魔嫌いなら、悪魔の話したくないですもん。私悪魔嫌いなので、悪魔の話聞きたくもないし、
したくもないです。

「きょうこさんの聞いた声はベルゼべフだった」なんていいたがる心というのは、「だから、きょうこは
悪いんだ、悪いんだ」と、きょうこさんを「おとしめたい心」でしかないです。
かつては、教団のNO2で、やれ、ナイチンゲールだの、アフロディーテだの、文殊菩薩だのと、ちやほやとしてきたのに、なんだかなーと私は思いました。

幸福の科学の話を聞いていると、「世の中には悪魔がいっぱい」みたいな印象になってしまいます。
確かに、地獄的な事柄は多いとは思います。事件もいろいろおきてますから。ただ、悪魔、悪魔といいたがる心というのは、一体何なのかな?と思ってしまう私です。

高橋信次は、悪魔ではありません。が、さんざん愚弄してますね。なんなのかな?と思ってしまう私
です。
美しい部分のみ、見ていたいと私はそう思う次第です。きょうこさんが、避難所のボランティアをしているのなら、それはそれでいいじゃないですか?そういう部分は美しいからです。そういう部分のみ、見つめて
いたい私です。

私は、大川さんが、これ以上、「何は悪魔だ、かには悪魔だ」と言い続けて、信者の偏見や先入観をもたせてしまうようなことを、あまりしていただきたくないなーと思っています。
世の中を、美しくみたほうが、よほど幸せだからです。


Re: 私がこよなく愛した愛は風のごとく
日付:2012/04/19 (Thu) 21:38:19 -名前:りんご
私が幸福の科学でこよなく愛したものは愛は風のごとくでした。
ヘルメスとアフロディーテの愛の物語は美しい。当時会員でしたから、きょうこさんは
アフロディーテだと信じておりました。
私は愛は風のごとくの劇に参加しましたが、劇の練習中感謝の思いで過ごしたことを
覚えております。そして、マイシャ役の職員の女性を美しいなーと思ったものです。

ところが、後年ファルコン告発を見て、マイシャ役の職員の女性が大川さんの愛人を
していると知って、あちゃーとショック。
それだけではない。きょうこさんが、アフロディーテではなく、ゆだになってしまった。
あちゃーとショック。

私のいい思い出は、粉々に砕け散りました。
大川さんに、きょうこさんへの本当の愛があれば、仮にきょうこさんの前世がゆだだと
しても、もうそういうことは口外しないはずです。本当にベルゼべフに支配されて
いるとしたなら、「これは大変だ」ということになり、ベルゼべフと言わないで、
なんとかなるように、きょうこさんに働きかけたことでしょう。仮に離婚してもね。

みにくい争いをする必要などないのです。離婚にいたる経緯は私にはわかりませんが、
お互いに和解して、静かに別れればいいだけです。
大川さんには、きょうこさんへの愛はないんでしょうね。そう思います。
「ユダの烙印」の上に、ベルゼべフ。そこまで徹底する必要性がどこにありましょう。

私の愛した愛は風のごとくは、「みにくい夫婦喧嘩」の終末を迎え、とんだことになりました。


Re: 今後の幸福の科学に望むこと
日付:2012/04/19 (Thu) 23:07:54 -名前:りんご
私は、幸福の科学の全てを否定する立場にないことは確かです。
ですが、昨今の幸福の科学をみていて、かつてかかわったものとして、憂いて
いることは事実です。
今後の幸福の科学に望むことは、下記のごとくです。

1これ以上祈願を増やすな。バカ高い祈願料を設定するな。信者が祈願中毒になって
しまい、感覚がマヒしてしまうのではないか。
2これ以上、精舎をじゃかすか建てまくる必要性なし。もう30か所以上あるので
 十分だ。
3これ以上、物品販売をするな。300万もするエルカンターレ像、
 1500万の降魔型エルカンターレ像、けーりゅーけいおんの杖、
 降魔の剣、正心宝ペンダント。もうこれ以上物品販売をするな。
4これ以上、法話の値段をつりあげるな。
5これ以上、研修費の額をつりあげるな。今最高で100万のセミナー
 があるらしいが、もうこれ以上つりあげるな。
6これ以上、悪魔だ、悪魔だと人を悪魔呼ばわりするな。
 守護霊の霊言をとって、これ以上名誉棄損のようなことをするな。
7戦争を肯定したり、核武装をいったり、原発を見直そうというときに、
 原発肯定をしたり、信仰心は布施の額ですといってみたり、判断する
 必要性はないのです、信じればいいのです、といってみたり、なんだか
 ちょっとなーという方向に信者を導こうとしている。
 これ以上、信者を惑わすな。
8これ以上、ころころと前言撤回をするな。信者は、以前言われたことを
 信じているのだ。もっと言葉に責任をもってほしい。
9ご奉納袋に、「金額」と「名前」を書かせて、信者を管理することをやめなさい。
 いくらでもいいんです。任意が本来のあり方です。
10ちゃんと、支部収支報告書を作成し、信者の前で発表しなさい。
11職員は、人の顔さえみれば、「金のかかることをすすめる」のをやめなさい。
  すべて信者の自発性にまかせなさい。
12大川さんは、自分が信者に教えたことぐらいは、「率先垂範」していただきたい。
  そうであればこそ、尊敬もまた生まれます。
13職員は、信者を馬鹿にするのを、よしていただきたい。

はい、これらが私が望むことです。
じゃないと、信者がかわいそうだからです。私がここの掲示板に書き込むのは、
信者のためであり、職員や大川さんのためではありません。

Re: この掲示板をご覧の一般の方へ
日付:2012/04/20 (Fri) 02:58:03 -名前:りんご
書きついでに、沢山書いてしまいます。許してくださいね。

この掲示板をご覧の一般の皆様、「幸福の科学には入らないほうが賢明」です。
私は長年ここの教団を見てきましたが、「金ぼったくりカルト洗脳教団」に
堕してしまったのです。最初からそうだったわけではありません。どんどん
変貌していってしまったのです。

ですから、幸福の科学には入らないほうが賢明です。入ってしまって、10年
20年を過ごしてから気づいたのでは、遅すぎます。人生が狂ってしまいます。
大川隆法の本ならば、書店でいくらでも手に入ります。読んで参考にするべき
ものがあるなら、参考にするもよし、「これはちょっとな」と思われる部分が
あるなら、批判精神で読むもよし。要するに、「どっぷりとは洗脳」されずに
すむのです。
ところが、信者になってしまうと、批判と検証精神を失い、「骨ぬき」にされてしまい、
その上に、職員たちの洗脳がプラスしてしまいます。

貴重な人生の時間とお金を、大切にするためにも、入信しないほうが、賢明です。
本当に大切なことのために、お金を使ってください。本当に自分が好きなことの
ために、時間を使ってください。

入信して、脱会しても、「そのあとの心のケア」が必要となります。
ということで、書かせていただきました。